みずたま色の空

こどもやごはんや日々のこと。

春を見逃す 社会人になったと感じたとき

15年前、私も新卒新入社員だったときがある。
自分で受けたところはどこも落ちてしまって、学校の先生から勧められた会社を受けに行ったら受かってしまった。やりたかったこととは全然違うジャンルだったから他も受けたいと思ったけれど、先生から
「とにかく1年行ってこい」
と言われて、せっかく拾ってもらえた会社だから…という気持ちになって入社した。


会社は地元では大きなところで、その年の同期は20人程度いた。営業・総務・製造と自分では選択肢にもなかった仕事で入社している同期達を見て、こうやって色々な人が集まっているところが会社なんだなと感じた。私は設計だった。

新入社員の研修は色々用意されていて、4月はほとんど研修だった。集合研修もあれば実務研修もある。だけどほとんどは仕事じゃなくて研修で、何も生み出していない。今なら会社がいかに新入社員にお金と時間をかけて育てようとしていたかわかるけれど、当時はそんなことは全然わからずに連日続く研修にうんざりすることもあった。


一番自分自身のためになったのは工場での実務研修で、1・2ヶ月の間、工場の各部署に1週間くらいずつ入って実務をやったことだ。
溶接・旋盤・NCなどをやる。本当に実際の製品を作るので失敗出来ないプレッシャーもある。

私は設計部なのになんで製造をやらなくちゃいけないんだと思って当時はとてもイライラしたけれど、やってみたら元々ものづくりが好きな自分には向いていてどの作業も楽しかった。辛かったのは1つだけで、一日中金属の棒を90度に折り曲げる作業だけをしていたときだった。数日担当したその作業は工場の隅っこに1人で立ち、ひたすら金属の棒を曲げる。テコの原理でレバーを引けば棒がぐいんと曲がるのだが、あまりに単調な作業で眠くなった。しかし気をぬくと90度まで曲がらなかったり、90度以上曲がったりしてしまう。タイミングが大事な作業で、気を抜いていることは出来上がったものを見れば一目でわかってしまうのだった。

私は1週間くらいしかやらないから楽しいとか言っていられたけど、あれらの作業をずっと何年もやっている方達はすごいと思う。同じ作業の繰り返しは体の同じ部分を酷使して疲れるし、金属の粉塵が舞う職場環境が快適とは言えない。それでもその場所で何十年というベテランさんが何人もいて、みんなくたびれた顔で、休憩時間も無言で個々に過ごしていた。必要以上のコミュニケーションをとらないことも、何十年続けるための秘訣の1つかもしれない。


そんな新入社員の、4月の半ばを過ぎた頃。
泊まりの集合研修に会社からバスで会場へ向かっていたとき、ふと窓の外を見たらチラホラと薄ピンクの花が見えた。もう終わりかけだ。
桜だった。

保育園にも、小学校のグラウンドにも、中学校の通学路にも、高専の敷地内にも、いつも桜がたくさんあった。春になれば桜が咲いて、風が吹けば桜が散って、足元はピンクになる。ずっと当たり前に続いてきた春の光景だった。


だけどその年は、同期達と揺られていたそのバスから見た桜が初めての桜だった。もうほとんど散っている。いつもと同じように桜は咲いていたはずなのに、もう生活の中に桜がなくなってしまった。
本当は会社にも桜はあったのに、それに気がつかないくらい他のことで頭がいっぱいな日々を過ごしていたのだ。目の前にあっても気がつかない。当たり前にあったものが、自分で意識して見ないと見えないものになってしまった。

バスの窓から散りゆく桜を見て、社会人になったんだなと感じた。
15年前の、春の話。

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