みずたま色の空

こどもやごはんや日々のこと。

ほぼ日手帳Springの時期が来た

あちゃー。

 

もうほぼ日手帳Springの発売時期が来ちゃったよ。

今年(2017年)は1/10くらいは書いたかなぁ。いちがつとおかじゃないよ。じゅうぶんのいちだよ。

 

書いたかなぁ。

書いたような気もするなぁ。

 

そんなに書かないんだから他のもっと安い手帳にしなよ、なんなら100均にもあるよ、365ページの手帳。しかもシンプルで使いやすそう。紙も結構しっかりしてるよ。

 

毎年そう思うし、毎年手帳コーナーで悶々としながら手帳探しするし、実際に100均の手帳も買ってるしなんだけど。

 

結局またほぼ日手帳買っちゃうのよね。

 

 

流行ってるジブン手帳も見てみたけど私には合わなかった。使うイメージ全然湧かなかったわ…。

 

ほぼ日手帳は使うイメージというよりも生活の中にあるイメージが湧く。だからいつも買ってしまう。

 

 

それに今年のほぼ日手帳は、大好きなヨシタケシンスケさんの説明書がついていたり、シールがあったり、カバーまで出てしまう! 本体だけでたっかいからカバー無しで使ってきたのに、ヨシタケシンスケさんのカバーが良すぎて買うしかないことになっている!

困る!!

 

何を節約してヨシタケシンスケさんのカバーを買えばいいのだろう。お昼を節約するしかないな。

毎日100円節約すれば、月に2000円。2ヶ月節約すれば4000円。買えそうだ!

 

発売日は2月1日。

シールも絶対買う。

 

 

モモ

中学生のころだったか、その数年後だったかよく覚えていないけれど、父から1冊の本をもらった。 モモだ。 当時の私は割と読書家で小学校も中学校も図書委員だったくらいだけれど、モモは読んだことがなく、しかしながら読みたいとお願いしたような記憶もない。読みたければ図書館で借りられる、学校の図書館には必ずあるといっても過言ではない名作だと知っていた。 ある日父がその本を買って私にくれた。 確か、 「この本は持っていたほうがいい」 と言われたような気がする。 借りて読むのではなくて、買って持っていたほうがいいという意味だった気がする。

結局その本は途中まで読んだところで最後まで読まずに実家のベッドの下あたりにしまい込まれた。 割と読書家だったのになぜか読み進まない本だった。 なぜだったかはわからない。

先日、大好きな「グレーテルのかまど」という番組を見ていたら「モモの金色の朝食」をやっていた。 あらすじだけなんとなく知っていて、途中で読むことをやめたモモ。 実はずっと、この20年くらいずっと心の中にひっかかったままだった。

グレーテルのかまどであらすじを見ていたら、なんだか無性に今読むべきだなと感じた。 モモ、今の私に必要な本だなって。

残念ながら父からもらった本は実家にあるので、楽天電子書籍を買って、通勤時間に読みはじめた。 まだ冒頭のほうで、これから時間泥棒たちが動き出すぞ・・・というところ。 ここまでですでに、当時の私が気が付いていなかった「話を聞く天才」としてのモモに衝撃を受けている。 すっごい話だったんだなこれ・・・と思いつつ読んでいる。

ここ10年くらいすっかり本を読まなくなった私だけれど、電子書籍を買うようになって徐々に本を読むことを生活に取り戻し始めた。 1年で50冊読もう。

君たちはどう生きるか

 

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

 

 この本を読んだ。

マンガだけれど、マンガじゃない部分が半分近くあるので驚いた。

中学生のコペルくんと、おじさん(30代?)の話。

 

 

世の中は自分を中心に回っているのではない。

 

世の中の人は目に見えないけれど網の目のようにつながっている。

 

 

偉人も自分も大きな流れの中の水玉に過ぎない。

 

 

などの、人として生きるとは何か?を書いた本だ。

 

本として発表されたのは1937年というから80年も前なのであって、文章のそこかしこにその時代ならではの

 

「〜でなくてはならない」

とか

「〜となるべきである」

という表現がある。

現代では出来るだけ避ける表現だと思う。

 

 

この本をただ1つの本として読んでいたら受け取るものはほんのわずかだったと思うけれど、これを原作に宮崎駿さんが最後の長編アニメ制作をしていると思うと受け取り方が変わる。

 

宮崎駿さんの、世の中に、もしくは10歳以下の子供たちに伝えておきたいことがここにあるのだなという受け取り方になる。

 

前時代的内容だが、現代が失った情熱・元気・活気・関係性・生産・立場・存在などが確かに書かれていた。